妹尾ゆふ子『翼の帰る処2』下にしびれる

シリーズを読み出したのは、この1週間くらいだが、シリーズ最新刊の『翼の帰る処2』下「鏡の中の空」を読み終えた。非常に気に入ってある意味とてもはまっている。どれだけはまっているかというと、『獣の奏者』III巻をまだ読んでいないのに、読み終えた後に、再度読み返したくらいだ。私はほとんど、本を読み返すことのない人間なのだけれど。

なんといったらいいのだろう。2,30年前の最良の少女マンガのファンタジーを読んでいる感じ。そう、鳥図明児の『虹神殿』や『水蓮運河』とか、紫堂恭子の『辺境警備』、もちろん、妹尾ゆふ子の姉であるめるへんめーかーの作品などを思い出しながら読んでいた。直接の影響というよりは、そういったテイストの作品に私は感じた。

主人公は36歳(1巻時)の文官であるヤエト。左遷されて10数年前に帝国に併呑された北嶺の文官として赴任し、すてきな隠居生活を送るつもりだったのに、14歳の皇女が太守として赴任してしまったことから、はからずも活躍せざるをえなくなってしまう。登場人物は、ある意味で、とても少女マンガのファンタジーっぽくあり、掛け合いはすてきだ。皇女の騎士団長であるルーギンの少女マンガ的類型や、皇女自身が少女マンガ的ヒロイン像といった感じもあり、ある意味で類型的なのかもしれない。

ただし、世界観は、甘くはない。っていうか激シビアだ。帝国自体が、砂漠の西方にあった旧帝国における皇帝の暴虐から逃れるために、皇弟が砂漠を越えて他の国々を征服してから建国された若い国だ。皇帝を恐れるあまり、皇弟は、オアシス国家の人々を虐殺しまくり、井戸には毒をくらわせた、という過去がある。ヤエト自身、戦闘経験自体はないものの兵站を担当することで、侵略戦争に荷担したことにある種の負い目を感じているようだ。

根幹をなす、神との契約ともいえる、恩寵の力というある種の超能力の設定がまた魅力的だ。

登場人物たちも、類型的でありながらとても魅力的だ。会話のかけあいがユーモアにあふれ、くすぐってくれる。

ヤエトはとても病弱でもあり、とても30歳までは生きられないだろうと自他共に考えていたようで、それが行動や思考を制限していたのだけれど、若き皇女に出会ったことで、ヤエトも影響を受けていく。皇女もまた、ヤエトの影響を受けていく。それらの関係性がとても美しく愛おしい。ただ、さすがに年の差が山ほどあるので、恋愛関係になるのかどうかは、よくわからない。子供とばかり思っていた皇女にある種の魅力を感じる描写もあるので、予断を許さないけれど。ヤエト自体は、ある理由によって(とても良く考えられた設定だと思う)、正義と公平を心がけている描写がまたすばらしい。なぜ、正義をなさざるをえないかが、これだけわかりやすかった主人公ってちょっといないかもしれない。

ファンタジー好きにはお薦めしたい作品だ。ぜひ、読んでいただきたい。唯一の不満点は、著者が遅筆なため、続刊を読めるのがどう考えても来年以降ということくらいだ。

7.5

翼の帰る処〈2〉鏡の中の空〈下〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

翼の帰る処〈2〉鏡の中の空〈下〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

翼の帰る処〈2〉鏡の中の空〈上〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

翼の帰る処〈2〉鏡の中の空〈上〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

翼の帰る処 下 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-2)

翼の帰る処 下 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-2)

翼の帰る処 上 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-1)

翼の帰る処 上 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-1)